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超えてゆく。



みなさんこんにちはー。


あれから4年 あの日から4年… って報道が

多くなっているのでしょうか、最近の全国放送。


わしらはこの4年間 まいにちの事になっていて

がっかりしたり嘆いたり 涙こぼしたりして

ここまでの1日1日を過ごしてきているのだけど


福島を出てみると 

あ、震災のこととか 東電の原発事故のこととか

今日の放射線量とか 全くやんないんだ、と

再確認してそっちにびっくり みたいな感じなので


ここ最近の 今の被災地は…みたいな報道に

色々思い出して 

辛い思いをされてる方がいたらごめんなさいね。




で。

わたくしごとではございますが


mayu造 今年の1月半ばに

右卵巣全摘出の手術を受けまして

翌月2月半ばに

「腫瘍は悪性じゃなかったよ、

 良性だったよ よかったね。」

との病理検査結果を頂くことができまして

今月半ばの

まさに あれから4年…の 3月11日に

診察予約を入れてありますの。

てか、左の卵巣も同じ状態になる可能性があるそうで

これからもずっと通うのですけどね。


でさ 今回色々考えたのでありますよ。


震災は突然どかーんとやってきて

本当に本当に広い範囲で多くの悲しみを

大きな傷跡を残していった。


おとーさん(義父)は一昨年

もともと弱っていた肺の状態を悪化させて

おかーさん(義母)や子供たちにじわじわと

深い悲しみと沢山の思い出を残してった。


でね

mayu造なりに考えた結果 

これからを生きるリナルイには

どんな結果であろーとも全てを伝えて

死に様まで見せよう、

見てもらえるように 生きよう、と思い至って

はじめからあれこれ伝えられたんだけど


おかーさん(義母)と 自分の両親を含む

その他数名の 大切な人にこそ

なっかなか伝えられなくてねぇ。なんかやでねぇ。


震災の時みたいに突然!は心臓に悪いし

おとーさん(義父)の時みたいにじわじわもしんどいし

何より いいものなんだか わるいものなんだか

切り取って ぱっかーんと開いてみないと

わかんないんだから 黙っとこ、

みたいな。


で、良性だったとわかってから

仕事の合間に おかーさん(義母)に話して

実家の両親にも話して… で、今に至る。であります。


よし、ここにも書いたぞ。


2011年3月11日があったことと

お義父さんの最期を看取ったことで

自分たちが死にゆく時 について

夫と 普通に話をするようになりました。


昔はそんな事全くなかったけど

突然の時用に、と 

一緒にエンディングノートを書きはじめ

じわじわの時用に、と 

相手の希望をお互いが知っておこうと話しています。

聞けないままだったり

聞けるような状態じゃなくなったり

そんな後悔をするのはいやだから。


これまでの経験から学んだ事を

よりよく伝え残してゆけるように。


海沿いの光景は まだまだ胸が痛むし

原発事故に関しては

ずっと胸の中で炎がめらめらしてるけど


わたしたちはこの4年間

沢山の人の応援や手助け、

笑顔や優しさ 支援のお気持ち、

などに支えられて 励まされて 

ここまでくることができました。忘れません。


同じようなことがどこにも起きませんように。


みなさんと みなさんの大切な方々が

健康で よりよい日々を送られますように。


心の底から 願い続けています。


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うお。長くなったなぁ。

さいごまで読んで下さりどうもありがとうございます。